介護問題:社会保障を揺るがす焦点
先進諸国で高齢化が進むなか、老いること自体に不安を抱くだけでなく、十分に介護を受けられないことを憂慮する人々が増えている。ここでいう介護とは「身体的・認知的・機能的能力が低下しても、個人が尊厳を保ちながら安全かつ自立的に生活できるよう、社会医療サービスを統合的に提供する支援」のことだ。
たとえば、米国 [1]AARP Research「Long-Term Care Readiness Report 、オーストラリア [2]National Seniors Australia & Challenger「National Seniors Social Survey: Aged-care costs dominate older Aussies’ concerns. Money Management 、ドイツ [3]INSA Consulere「Drei Viertel der Deutschen fürchten sich vor Pflegekosten im Alter. Bild am Sonntag での調査では、対象者の59~75%が「老後に介護サービスを利用する金銭的な余裕がないのではないか」と不安を感じている。各国のデータをみると、その背景が具体的に浮かび上がる。米国では、中高年層のうち老後資金を貯蓄している人は30%に満たない [4]KFF (Kaiser Family Foundation)「The Affordability of Long-Term Care and Support Services: Findings from a KFF Survey 。オーストラリアでは「介護にかかる費用をどうまかなうか」に不安を感じている人が60%にのぼり、さらに27%は、その費用を捻出するために家を売らなければならないかもしれないという不安を抱いている [5]Challenger National Seniors Australia「Older people’s financial wellbeing and preferences 。また、ドイツでは83%の人が「今後さらに介護の質が悪化する」と予想しており [6]Apotheken Umschau, Wort & Bild Verlag「Studie: Angst vor zu hohen Pflegekosten im Alter 、費用だけでなくサービスの質への懸念も強い。
こうした不安は、介護支出の急増、高齢者の資産不足、仕事として介護サービスに従事する人材(介護人材)の不足といった構造的問題に根差している。介護がすでに深刻な問題となっている日本国内では政治やメディアでたびたび話題になるが、根本的解決への道筋は見えていない。その間にも、介護関連の支出は静かに、しかし確実に拡大している。日本をはじめとする東アジアや欧州はもちろん、若年人口が多い中東などの地域においても人口動態に変化の兆しが見え始めていることから、介護問題はいまや世界的な優先課題となりつつある。
高齢者人口の増加により介護需要は拡大しているが、人材、資金などリソースの制限により介護システムにかかる負荷は増す一方である。さらに、介護を受ける人はニーズが満たされず、介護職員は人手不足と燃え尽きに直面し、高齢者を在宅で介護する家族や親族など(家族介護者)は仕事との両立に苦しみ、施設はコストや受け入れ能力の制約に悩む。
こうした課題の表れ方は、各国の制度の成り立ちや財源構造によっても異なる(コラム「世界の介護政策の潮流:4つのモデルと3つのトレンド」参照)。たとえば日本は2000年に介護保険制度を導入し、全国的な公平性の確保を目指してきたが、支出増大により財政面の持続可能性が問われている。アメリカでは保険制度のもとで高齢者からより多くの拠出を得ることで中間層の負担を軽減する目的でCLASS法が可決された。しかし、任意加入制のためよりリスクの高い高齢者の加入を促す形となり、制度が財政的に不安定で維持が難しいなどの理由で施行に至らなかった。シンガポールは2023年に「Healthier SG」戦略を打ち出し、デジタルツールを活用して国民をかかりつけ医と結び付け、予防医療と早期介入を推進してきたが、アクセスと公平性を高めた反面で短期的には一次医療の現場の負担が増大している。
これらの事例に共通しているのは、ある政策目標を優先させると他の側面で問題が生じ、その問題を解決するために新たに施策やモデルを導入するという「対症療法的」な動きになりやすいということである。それにより既存の介護システム全体が一挙に崩壊することはないが、目立たぬ形であちこちに綻びが生じており、放置すれば破たんに向かう可能性もある。しかし、この流れは避けられないものではない。介護の位置づけをこれまでの「社会保障の周辺領域」から、「社会の持続性を支える中核領域」へと転換し再設計することで、より強靭な介護システムの構築が可能となる。
そこで本稿では、介護システムを再設計するにあたり、世界の政策立案者が考慮すべき基本要件として持続性・公平性・十分性・(人材の)供給性という4要件を定義した。さらに、これらの要件を満たす方法として、「要介護化の遅延」「サービス提供範囲の拡大」「生産性の向上」「家族介護者の支援強化」「介護人材の増加」「資金モデルの進化」という6つの解決策(レバー)、および介護状況の改善につながる企業活動を提案する。これらを組み合わせ、4つの要件に基づいて効果を測定しながら推進することで、対症療法的な施策立案にとどまらない、しなやかで強い制度の再構築が可能になるであろう。あわせて、企業経営者に向けても、高齢化と介護問題が市場・人材・競争力に及ぼす影響を示し、実例を踏まえた対処法を提示するとともに、介護市場の拡大を、さらなる価値創出の機会として捉える視点も示したい。

